テンプルちゃんまでの長い道のり(4) ジアルジア原虫の寄生

ジアルジアに感染した子犬

以前の記事にも書いたように、子犬がジアルジアに感染すると「下痢」の症状が出ます。下痢をすると栄養が摂取できず、生育が不完全になってしまい寿命が短くなってしまう可能性が出てきます。購入寸前まで話が進んだ牧場の牧場主が「うちのボーダーコリーの寿命はだいたい8年くらい」といっていたのは、きっとこのケースでしょう。というのは、ボーダーコリーの寿命は大体12歳くらいという結果が知られているからです。ジアルジアの駆除は難しいと言われ、下痢の期間が長引くと、子犬の健康に深刻な影響が発生します。

近所にテンプルちゃんと同歳のボーダーコリーの子犬がいるのですが、「下痢の症状がある」という話を以前より聞いていました。同じ月に生まれたにもかかわらず、テンプルちゃんの半分くらいの大きさです。ジアルジアに感染した子犬を買わされたのではないか、と疑っています(ちなみにテンプルちゃんはジアルジアに感染してないことが複数の検査でわかっています)。

子犬がジアルジア感染する経路は母犬の糞、あるいは野生動物の糞便による飼育環境の汚染です。特に放し飼い状態の環境では、狸や狐といった野生動物が犬の飼育場に侵入し、そこでばらまいた糞尿を犬が舐めたりすることからの直接感染、あるいは(ジアルジア原虫を含んでいる)野生動物の糞尿が環境を汚染し、その泥や水たまりの水を犬が舐めたり飲んだり、といった間接的な感染経路があります。また、ジアルジア自体が水分の存在する土壌であれば地球の至る所で存在できるようなので、砂漠などの高温乾燥地帯以外の場所で放し飼いにすると、その犬はただただ感染してしまうリスクを負うことになるようです。

ジアルジア原虫は乾燥した環境を嫌います(これは原虫に対して一般的に当てはまることのようです。)。しかし逆に言えば、水気のあるところにはウヨウヨといる可能性があります。沼地や川などで子犬を散歩させたり遊ばせたりするときは、泥や水を口にしないように気をつける必要があります。

ただし、成犬になると免疫が強くなり、少しくらい泥や水を口にしても自分の力で駆逐できるようになるという意見があります。この説を信じる専門家は、免疫が弱い成犬は駆逐はできないものの、下痢などを発症させない程度に抑え込むことはできると考えているようです。ただ、犬の体に潜んだジアルジアは、犬が歳をとって免疫が弱ってきた段階で(子犬のように)下痢を引き起こし、犬の衰弱が加速してしまうこともあるようです。

原虫ってなに?

「原虫」ってなんでしょうか?獣医さんたちは顕微鏡をつかって犬の下痢を観察し、ジアルジアを探そうとします。私のような素人でも「微生物の一種だろうな」ぐらいの想像はつきますが、専門的にはどういう定義になっているのか調べてみました。

医学関係のHP日本赤十字社)では、「原虫とは原生生物のうち寄生性で病原となるものを指す」とあります。一方、帯広畜産大学のHPでは「同じもの」として紹介されています。

「原生生物」というのは、かなり原始的な生命体の形のものらしいです。細胞一つからなる生命体ですが、植物とも、動物とも、菌類とも言えない、とにかく「生命としてはかなり初歩レベルのもの」のようです。とはいえ、植物っぽいもの(藻類)から、動物っぽいもの(アメーバやゾウリムシ)など多様性があるようです。面白いのは、中間系というべきもの、例えばミドリムシ(動物っぽいのに、光合成をする)などもいて、生命が様々な種に分化していく前、あるいは分岐点のど真ん中にいる生命体のようです。

ジアルジアは腸管に寄生しますが、腸の中というのは酸素に乏しい環境です。地球大気にたくさん含まれるの酸素(大気成分のおよそ20%)は、35億年前に誕生した光合成植物によって作られたものと言われています。最近の研究によると、生命自体の誕生は40億年前あたりだそうです。となると、ジアルジア(あるいはその直系の祖先)がこの世に現れたのは、生命が誕生して間も無くの、酸素が地球にあまりなかった時代だと思われます。ジアルジアにしてみれば、酸素という「毒素」が地球に広がってしまったせいで、仕方なく他の生命体の内臓の中に逃げ場を見つけて逃げ込んだ、のかもしれません。

「一流」ブリーダーが陥った失敗

テンプルちゃんにたどり着くずいぶん前に、あるブリーダーのHPを見つけました。品評会などで優秀賞をたくさん受賞している有名なボーダーコリー専門のブリーダーでした。長年の評判はとてもよく、子犬を買った人たちは、このブリーダーを「親」のように慕い、定期的に集会を開いては親交を深めているようでした。ブリーダーの自宅は、まるで森の中の一軒家のようで、豊かな自然に囲まれていました。その広大な敷地は柵に囲まれて、その中をボーダーコリーたちは自由に走り回って暮らしていました。理想的な環境だと思い、尊敬の念を深めました。

私たちも是非この方からボーダーコリーを譲り受けたいと考え、連絡を取ってみました。「長い待ちリストの最後になるがよいか」と言われましたが、覚悟して「大丈夫です」と答えると、犬に関するいろいろな悩みや相談を親切に聞いてくれました。信頼感が大きくなりました。

何ヶ月も音沙汰がありませんでしたが、ある日突然、このブリーダーから電話がかかってきました。キャンセルが立て続けに出て、運良く私たちに順番が回ってきたのでした。喜び勇んで、牧場のようなブリーダーの自宅に向かい、北欧の邸宅のようなお屋敷にお邪魔すると、子犬とその親犬二匹が楽しそうに、跳ね回っていました。2時間ほど雑談して、いよいよ子犬をもらって帰る時間になりました。お金を払って、また遊びに来ますと伝えて、私たちは帰りました。

可愛いボーダーコリーとの生活がまた始まるのだと思うと、気持ちが高揚しました。サークルに子犬を入れ消灯し、期待に胸を膨らませて眠りにつきました。

翌朝、最初のウンチが下痢でした....。ひどい下痢、といってよいと思います。まさか、とは思いましたが、あれだけ素晴らしいブリーダーなのだから大丈夫に違いない、自分に言い聞かせました。とはいえ、一応、獣医の先生にジアルジアの検査だけやってもらうことにしました。

今回の検査は抗原検査キット「スナップジアルジア」を使ったもので、これまでの顕微鏡による目視確認よりも精度や特異度がはるかに高く、しかもPCR検査に比べれば安価に、かつ早く結果がわかります(大体15分くらい)。

家で採取した下痢便を先生に渡し、しばらく待っていると結果が出たという連絡がありました。恐る恐る診察室に入ると、「陽性でした。ジアルジアに感染しています」というショッキングな結果を伝えられました。先生は「まずは手持ちのスタックがあるドロンタールによる治療を始めるが、もし効果がなければアメリカからもう少し強い薬を輸入する必要がある」といわれました。ただ、「コロナウイルスの関係で流通が悪くなり、輸入しにくい状態にある」と言われ、不安になりました。

生後二ヶ月の子犬がすでにジアルジアに感染しているとなれば、母子感染以外にはありません。そして、母犬がどうしてジアルジアに感染してしまったかというと、獣医の先生曰く「放し飼いにしている環境が原因だな。猫とか狸とかが敷地に入り込んでいるのではないか?その糞かなにかで汚染した泥を舐めたり、水たまりに入ったりして遊んでいると、感染してしまうはずだ」とのこと。ブリーダーを訪ねた時、「狸とか狐が敷地で遊んでいることがあるよ」と言っていたのを思い出しました。

とはいえ、ジアルジアというのは、特に野生動物だけに感染しているわけではなく、水分のある土壌には日本全国どこにでも住み着いているような、「身近な原虫」です。放し飼いの環境ならば、感染のリスクは高くなってしまうのは当然でしょう。

ただ、成犬の場合には、不顕性感染、つまりいわゆる無症状感染のような状態になることも多いので、飼い主が気づかぬうちに群れの中に(糞尿を通じて)感染が広まってしまうこともあるでしょう。

いずれにせよ、我が家にやってきたボーダーコリーの子犬はジアルジアに感染した子犬だったのでした。このことをブリーダーに伝えると、いつものように「返却してほしい」ということになりました。自分自身が信頼する獣医で再検査する、ということでしたが、スナップジアルジアの感度は90%ですし、特異度は96%もあります。誤判定が出るということはまずないと思われます。おそらく、このブリーダーはスナップジアルジアのことを知らないと思われます。また、「あなたの獣医が処方した薬も飲ませないでほしい」と言っていたので、ジアルジア感染自体を信じていないようでした。

真夜中の高速を何時間も走って子犬を返却しにいったときの、落胆といったらありませんでした。今でも暗闇を照らすライトの丸い形が、夜に吸い込まれていく様子をよく覚えています。なんとも言えないどんよりした気分のまま、無感情で機械的にハンドルを握っていただけでした。

他のブリーダーも嫌う「ジアルジア検査」

テンプルちゃんは、この出来事の一月後に我が家にやってきましたが、それまでの間にいろいろなブリーダーに連絡を取りました。その時、「スナップジアルジア検査をやっていただけますか?」と聞くと、ブリーダーたちは途端に態度が硬くなり、商談が立ち消えになることが多かったと思います。おそらく、売ろうとしている子犬がすでに下痢をしているのでしょう。検査をすれば、すぐに感染がわかってしまいますから、検査を嫌がるのだと思いました。

快くスナップジアルジア検査を受けて入れてくれたブリーダーが一件だけありました。しかし、実際に検査をやってみると「陽性となりました...」とだいぶショックを受けたような声音で電話がかかってきました。お父さんの代から続くブリーダーの家系だそうですが、最近跡を継いだばかりだといいます。おそらくスナップジアルジアをやったのは今回が初めてだったのでしょう。しかし、この方はキチンと事実を受け入れて、「駆虫してから再度連絡します」といってくれました。しかし、駆虫には2,3ヶ月かかってしまい、結局私たちはその前にテンプルちゃんと出会うのです。

テンプルちゃんのブリーダーも「いいですよ、スナップジアルジア検査やっておきますよ」と気持ちよく引き受けてくれました。ただこの方は以前ジアルジア感染で犬舎全体が大変なことになった経験を持っていた方でしたから、そこから苦労して脱却したが故の「いまは絶対に感染していない」という強い自信があったのだと思います。

そして予想通り、検査結果は「陰性」だったのです。他の遺伝子検査の結果も見せていただき、CEA(コリーアイ)がキャリアでしたが(つまりテンプルちゃんは発症しないが、子孫を残すときは注意が必要というタイプ)、その他の遺伝病はすべてノーマル(テンプルちゃんも発症しないし、子孫を残す場合にもその病気は絶対に発症しない状態)でした。

最近多頭飼いに興味が出てきて、二匹目の犬を探したりもしていますが、依然としてジアルジア検査を嫌がるブリーダーは8割以上かな(もしかすると9割かも)という印象をもっています。ゴールデンレトリーバー、ラブラドール、オーストラリアンシェパード、そしてボーダーコリーといった中型、大型犬を扱う全国津々浦々のブリーダーに検査を依頼したのですが、ことごとく拒否されました。犬を飼い始めようと思っている方にお伝えしたいのは、「大型犬は多少便が緩くて当然」というブリーダーの言葉に騙されないように気をつけてもらいたい、ということです。心よりそう思います。飼い主と犬の幸せのためには、検査を快く受けてくれるブリーダーを粘り強く探すことがとても大事だと思うのです。

ボーダーコリーの寿命

ボーダーコリーの寿命に関する研究はいくつかあります。まずは下のHPで紹介された数字です。

inunekoplus.com英国の研究結果のようです(Nature誌に2022年に発表された論文)。それによると12歳ちょっとです。

この数字を受け取る前に一つ注意点があります。ボーダーコリーは牧羊犬として働いている場合もあり、その場合には寿命はかなり短くなることが知られています(寿命は10歳未満だという話を聞いたことがあります)。ですから、この論文のデータで利用したボーダーコリーが牧羊犬を含むのか、それとも家庭犬だけなのか気になるところです。もし牧羊犬が混じっているなら、家庭犬の平均寿命は12歳よりも長くなる可能性がありあす。論文の題名を見ると、どうやら家庭犬として飼われていたボーダーコリーだけを使った統計になっているようです。つまり、私たちの身の回りで家庭犬として飼われているボーダーコリーの平均寿命は大体12歳ということで、そのまま受け取ってよいということになります。

私たちが関わった牧場で飼われていたボーダーコリーたちは、たしかに「牧場」には住んでいましたが、牧羊犬ではありませんでした。あの牧場はどちらかというと「観光牧場」に近く、人と動物のふれあいを主眼にした経営でした。平均寿命が8歳だというのは、やはり短すぎると思うのです。

アニコムというペット保険会社が発表している(おそらく日本のペットを対象とした)統計データも興味深いものがあります。2021年度版に掲載されていたのは2019年のデータでしたが、それによるとボーダーコリーの平均寿命は13.1歳でした

私たちが最初に飼ったボーダーコリーは13歳、鼻腔癌で死にましたので、ほぼ平均寿命といえるのですが、半年前まで元気にしていたのを思い返すと「若くすぎる突然の死」という念があります。交通量の多い道路での散歩で吸ったと思われる排気ガスや、野山に散歩に行った時にかけたりした蚊除けスプレーなどの化学物質をあまり吸わせないようにしたらよかったかも、という後悔の念が残ります。

テンプルちゃんまでの長い道のり(3):回虫の問題

遺伝子検査を嫌がるブリーダーたち

牧場の子犬の一件のあとも、子犬を迎えたいという気持ちはかわりなく、ネットを使って探し続けることになりました。ところが、可愛い子犬だと思っても、なかなか商談がまとまりませんでした。その最大の理由が遺伝子検査を嫌がるブリーダーが多いことでした。

遺伝子検査のことを問い合わせると、「その件に関してしつこく聞いてくるお方とはやりとりできません」とか、「私たちは豊富な経験に基づいて飼育してきているのに、そんなことを今更聞いてくるなんて、プロとしてのプライドに傷をつけられた感じがします。もう連絡してこないでください」とか、いろいろな言い訳を言って、遺伝子についての情報提供を拒むブリーダーばかりだったのです。こういう対応は結局、遺伝子に問題があることを認めているようなものです。

とはいえ、なにも気にせずにこのようなブリーダーから子犬を購入しても(確率の問題で)8-9割程度の割合で問題のない子犬がやってくるのでしょうから、「貧乏くじ」を引いてしまった方が悪い、と言われてしまうと「少数派」には勝ち目がないわけです。そういう気の毒な事例が五右衛門ちゃんのようケースなのだと思われます。

ただ、「少数派」のケースを放っておけば、いずれは問題のある子犬の数が多くなってしまい、質の低いブリーダーたちは自分たちの首を絞めることになるはずです(もしかすると、その時までに稼ぐだけ稼いで、問題が起きたら商売替えしてサヨウナラ、とか思っているのでしょうか?だとすると酷い話です)。

たくさんの問い合わせをしてわかったのは、CL病の遺伝子に関しては、さすがにどのブリーダーも気にするようになっていて(素人まがいの悪質ブリーダーを除く)、母犬に対して検査を行うブリーダーが増えているということでした。これは、五右衛門ちゃんのことがあってのことに違いありません(ありがとう、五右衛門ちゃん!)。

もう一つわかったのは、犬の中でも、ボーダーコリー はとりわけ多くの遺伝病を抱えている犬種であり、その遺伝子全てにおいて「クリア」を得るのはなかなか困難であるということ、また検査項目が多くて検査代がかさむ上に、購入希望者がそれほど多いわけではないので(ブリーダーにしてみれば)割りに合わない、という事情です。

コーギーとかトイプードルとか、自然の動物の形から大きく逸脱し、人間の都合で「つくられた」犬種であるほど遺伝病は多いようです。また、NHKが指摘していたのは、テレビや映画などで急に人気が出た犬種を慌てて大量に繁殖する段階で、「雑な交配」が大規模に発生し、市場にまずい遺伝子が大量に混じることがある、ということです。

www.nhk.or.jp(今調べてみるとそうでもないのですが)「レトリーバーならひどい遺伝病が少ないらしい」ということを聞きつけた私たちは、問い合わせるたびにうんざりする対応ばかりだったボーダーコリー を諦め、ゴールデンレトリーバーに犬種を変更して子犬探しをすることになりました。

ゴールデンレトリーバーの子犬

ゴールデンレトリーバーとはひと月ほど一緒に暮らしたことがあります。アメリカに住んでいた私たちの友人が飼っていたのですが、犬も一緒にアメリカ中をキャンプしながら車に乗って旅行したときの経験です。

人間と同じ程度の巨体を持ちながら「子犬だよ」と言われた時のショックは今でも忘れません。また、川やら湖に飛び込んで楽しそうに泳ぎまくっているのも衝撃でした。一度、アメリカ合衆国議事堂の近くにある公園(Constitution Gardens)にある、あの四角い池に飛び込んで楽しそうに泳いでしまったことがあります。まだアメリカの治安が良い頃のことで、いまなら取り押さえられて逮捕されてしまうかもしれません。人懐こい、従順で優しい子犬で、一緒に旅行したのは良い思い出です。ネバダの砂漠で脱水症状が人間にも犬にも出た時は、全員命がけで車を飛ばして100マイル先のカジノを目指したり(地平線の彼方にラスベガスのネオンが見えた時は歓喜でした)、サンタモニカの手前でガス欠になって車が止まってしまったときは、トボトボとみんなで歩道を歩いて二キロ先のガソリンスタンドまで補給用の燃料を買いに行ったりしました(描写にちょっと脚色が入っているかもしれませんが....)。

住宅事情を反映してか、レトリーバーやラブラドルは東京の都心や都心に近い場所でもあまり人気がありませんが、多摩地域やその向こう側では人気のある犬種で、検索するとボーダーコリー よりもたくさんの候補がヒットしてきました。知り合いが以前購入したことがあるという話を聞いて、その中に含まれていた山梨県のブリーダーに連絡を取ってみることにしました。

こちらの要望としては、とにかく寄生虫感染症に冒されておらず、下痢のない、健康な子犬ということです。これを伝えると、ゴールデンレトリーバーの兄弟犬を紹介してくれました。動画を見てすぐに気に入った私たちは、さっそく甲府盆地を訪れることにしました。

ブリーダーの自宅は、葡萄畑が続く丘の向こうの山の斜面にありました。眺めの良い場所で、天気の良い時は富士山がよく見えるそうです。しかし、犬舎の様子が動画とちょっと違っていることに気がつきました。予想以上に荒れた感じがしていたのです。家の手入れに手が回らない、という感じでした。案の定ブリーダーは老夫婦で、旦那さんは(以前から予定していた)手術が直前にあって数日ほど入院中とのことでした。もちろん普段は健康で元気な方達だと思いますが、だからといって自宅周辺の斜面を毎日10何頭ものレトリーバーたちを連れて散歩しているほどエネルギッシュなようには見えませんでした。話を聞くと、柵の中に閉じ込めた状態で、その中でほぼ放し飼いにしているとのことでした(餌も家畜の牛のように大皿に盛り上げた状態)。実は、このような飼い方をしている方は年配の方の場合、他にも多くいらっしゃるようです。そしてそれが寄生虫の問題を引き起こす可能性を高めてしまうことを後で知りました。

子犬が育てられている小屋に入ると、鼻を刺すような強い臭いに満ちていて、衛生的にちょっとよくない感じに思えました。ただ、ブリーダーの方自体はとても優しい、よい方で、話が弾み、ついつい長居してしまいました。

いざ子犬を連れて引き上げようとした矢先、隣のケージの中にいた(兄弟の)子犬が大便をしました。見た感じ、どうみても「下痢」でしたので、牧場の時と同じことになりはしないかという「嫌な予感」がしたのですが、「レトリーバーは柔らかめの便をするのが普通なんですよ」とブリーダーの方がやさしく説明してくれたので、うっかり鵜呑みにしてしまいました。

こうして悪い予感は多少あったものの、念願のゴールデンレトリーバーの子犬を膝に抱えた喜びで、嫌なことは消え去ってしまい、わくわくしながら自宅まで連れ帰ったのです。帰り道「ななちゃん」という名前をつけました。かわいらしい、いたずら好きの女の子でした。

自宅で数日一緒に過ごしましたが、その立ち居振る舞いが可愛くて仕方ありません。これほど楽しい子犬との生活があるものなのか、と私たちは幸せ一杯でした。

しかし、「柔らかい便」は止まりません。もりもりっとした、水気を多く含んだ大量の大便を毎回するのです。そこで、獣医さんに連れて行って検便をしてもらうことにしました。前回の牧場の子犬で問題となったジアルジアの検査はPCRで行うことができる、と言われたので、少し値段が張りましたがお願いすることにしました。結果まで1週間ほどかかるのですが、その間に別の便を使っての検査(顕微鏡を使っての直接法や、抗原検査キットを利用した検査)もやってもらうことになりました。

まず、パルボウイルスについての抗原検査は陰性となりました(一安心)。最初の顕微鏡検査では、細菌などは見つからなかった、という報告を受けて、心の底からほっとしました。しかし、便が出てからしばらく経ってからの検体だったので、翌朝もう一度「フレッシュな便」をもってくるように言われ、再度検査を受けることになりました。

翌朝は気持ちの良い日で、朝一番に病院に検体を届け、どうせ大したことないだろう、とタカをくくって気楽に電話連絡を待っていました。お昼過ぎになって電話が鳴り、応答すると予想通り獣医の先生でした。先生は「回虫がたくさんいます。卵も2つに分裂したのがたくさん見つかりました。すぐに薬を取りに来てください!」と伝えてくれました。「ああやっぱり」とは思いましたが、正直なところ深く落胆しました。回虫といえば、白くて細くて長い、蛆虫というか、ミミズみたいな気持ち悪いやつです。自然に近い放し飼いのような環境に置かれていると、どうしても寄生虫は取りついてしまうのでしょう。

車を飛ばして獣医院に駆けつけると、直接先生が玄関まで出てきてくれました。そして、「実はあの後も粘って顕微鏡を観察しづけてみたら、コクシジウムという原虫も確認してしまいました...。薬の種類を追加します」と告げられました....。ショックは倍増です。

しかし、これで「柔らかめの便」の理由は明白となりました。やはり、「レトリーバーの便はゆるいもの」なワケがなかったのです。寄生虫に(しかも複数)感染していたのが原因だったのでした。

もらったのはドロンタールという回虫用の薬と、コクシジウム用の液体(抗生剤と説明を受けました)でした。ドロンタールは一回で回虫の成虫をやっつけてしまうということで、翌日の便に「もっさり回虫が出るかも」と説明を受け、鳥肌が立ちました。一方、コクシジウムは駆除が大変だ、ということでした。抗生剤を2週間、あるいは1ヶ月服用してみて、だめならさらに追加、あるいは薬を変える、といった説明を受けました。長い長い闘いが始まった、と思いました。

さようなら、ななちゃん

早速、ブリーダーにこの検便の結果を伝えました。子犬販売のネットサービスの規約で、購入直後に病気が判明した場合はブリーダーに速やかに情報を提供し、ブリーダーの指示に従う、という決まりがあったからです。「購入前に、私たちは寄生虫や感染のない健康な子犬をお願いしたはずですが」と伝えました。しかし、私たちは決してこの可愛い子犬を返還したいわけではなく、治療してなんとか健康にしてあげたい、と思っていました。

しかし、ブリーダーの反応は予想外のものでした。「今から引き取りに行きます」というのです。どうやら、ネット上の「口コミ」を気にしているようでした。問題が起きたらすぐに引き取って、ブリーダー自身が「治療」してから返還するという方法を取りたいようでした。その際、私たちの獣医が処方してくれた薬は全部捨ててくれ、というので、「これはもしかして、非合法な強い薬を使うのではないか」と急に心配になりました。この心配を口にすると、「あなた方とは価値観が違うようです。交渉が長引きそうなので、料金は全額返却しますから、すぐに子犬を返してください」と主張してきました。

もちろん、ブリーダーの方は優しい口調ですし、子犬のことを心配していることが伝わってきました。しかし、疑惑の薬を日常的に、しかも獣医のアドバイスなしに使用しているらしいことが次第にわかってきました(アメリカなどから直輸入しているらしいのです)。科学的なトレーニングを積まないまま、ブリーダー(加えて獣医の真似事)をしている「質の悪い」犬舎であることには変わりありません。とても悩みましたが、このブリーダーとこれ以上関わるのはよくないと判断し、断腸の思いで、かわいい「ななちゃん」を返却することにしました。ブリーダーはすぐに車を飛ばしてやってきて、ななちゃんを連れ帰ってしまいました。

1週間後、ジアルジアPCR検査の結果がわかりました。陰性でした。獣医さんに事の顛末を話すと、非常に驚いていました。なにより、先生が処方した薬を捨てろ、といったことに憤慨していました。効果の強い薬は副作用も強く、善玉の腸内細菌も殺してしまうので子犬にはよくないやり方だ、と語気を強めて説明してくれました。

こうして2ヶ月に2回も可愛い子犬を寄生虫に奪われてしまうことになり、自分のことながら驚きで一杯の気分でした。唖然という感じだったかもしれません。「ななちゃん、さようなら」と別れの言葉をかける心の余裕はありませんでしたので、後になってとても後悔しました。

また、ジアルジア への感染がないとわかったときにも後悔の念が湧き起こりました。回虫の方がジアルジア よりましじゃなかったか?獣医の先生のいうことを聞いていれば、完治できたのではないか?など、何度も同じことを考えました。しかし、強い薬で胃腸を痛めた子犬が長年にわたって健康であり続ける保証がないのも確かです。(私たちの)先代の犬よりも長生きしてほしい、という希望を叶えるためには、返還もやむを得なかったのだ、と(後悔するたびに)自分に言い聞かせました。

テンプルちゃんまでの長い道のり(2)遺伝子検査と寄生虫

II. 牧場の子犬(の続き)

前回のつづきです。

牧場主のボーダーコリーの遺伝子検査をお願いし、了承してもらったことを前回書きました。まずは、牧場主が自主的に行った遺伝子検査について、次に私たちがやりたいと思って行った遺伝子検査について、今回は書いていこうと思います。

II-2: 遺伝子検査と検査サービス会社

牧場主が自主的に遺伝子検査を依頼したのは東京の検査会社です。検査対象は、子犬の母犬でした。牧場主の説明通り、この会社が行ったのは最も深刻な遺伝子病と考えられる3つの疾患のみに対してでした。(1)NCL(CL病のこと)、(2)DM, (3)TNSです。

DMというのは神経系の疾患で徐々に歩けなくなり最後は呼吸器系が止まってしまうという致死性の疾患です。人間の筋萎縮症(ALS)とよく似た病気だということです。

TNSというのは免疫系の疾患で、感染症にかかりやすくなってしまう病気だそうです。この病気が発症すると治療法はもはやないそうです。発病のタイミングは生後数ヶ月の場合もあれば、数年後の場合もあるそうです。

牧場主に見せてもらった検査結果の証明書には、いずれも「クリア」でした。つまり、父犬がキャリアだったとしても、子犬はこの3つの病気を発症しないことが保障されたということになります。もちろん、キャリアである可能性は残りますから、子犬に対して直接遺伝子検査を行わない限りは、この子犬を使った繁殖はやめておいた方がよい、ということになります。

ボーダーコリー の遺伝病には、上記のような致死性ではないものの、気になる疾患がまだあります。私たちが気にしたのはコリーアイ(CEA)です。これも発病のタイミングは犬それぞれのようですが、発症すると失明してしまう遺伝性の病気です。目が見えなくとも元気に暮らしているボーダーコリー がいることは確かですが、活発なボーダーコリー という犬種を選ぶからには、失明の恐れがないことを確認してから購入を決めたいと思う人は多いのではないでしょうか?

そこで、CEAの検査を行ってくれる検査会社を探すことにしましたが、どの検査会社が信頼できるのか見当もつきません。そこで、牧場主が依頼した検査会社に相談してみることにしました。同業者からの推薦ならば信用度が高いと思ったからです。そうすると「大阪のVEQTAさんがいいんじゃないですか?」という即答が返ってきました。そこでさっそく電話をかけて問い合わせてみることにしました。

VEQTAの丁寧な応対には良い印象をもちました。検査内容は5種類で、上記の3つに加えて(4)CEAと(5)MDR-1の検査を行えることがわかりました。個別の検査も可能ですが、5種類セットで検査すると「お得」と言われました。牧場主からは母犬の検査のみが許可されていたのでダブりになってしまいますが、一応5種類全てを検査することにしました。

検査の依頼はwebシステムを通して行います。そうすると(コロナウイルスPCR検査キットと同じような)検査キットが1、2日後に郵送されてきます。プラスチックの容器と検体を取るための長い綿棒のような採取棒です。検体は「口の中の粘膜を採取棒でグリグリこそぎ取り」ます。PCRの場合は鼻粘膜ですが要領はほぼ同じです。ちなみに、検体採取自体は牧場のスタッフの方にやってもらいました。牧場のキットを持っていくと、目の前で採取してくれました。ありがたい限りです。

検体を郵送で送り返しますと、検体到着後1、2週間程度で検査結果がメールで送られてきます。ただし「急ぎ」を希望して料金を多めに支払うと、四日後程度に結果がわかります。証明書のハードコピーの発行を依頼することも可能ですが、こちらはメールによる検査結果の後に発行されます。

このプロセスを経て検査結果が送られてきたとき、私たちはどれほど喜んだでしょう。検査結果は、CEAがキャリアでしたが、残りはすべてクリアでした。繁殖することは全く考えていないので、キャリアでも問題ありません。この子犬自身の健康だけが私たちに大切なことなのです。こうして私たちはこの牧場からボーダーコリー の子犬を購入することに決めました。

ただ、この結果を牧場主に教えると、CEAがキャリアだったことにショックを受けていました。「えっ?」といったきり無言になったのです。この事態を想定していなかったようです。おそらく、これまでの経験からコリーアイを発症して失明したケースがなかったのでしょう。やはり、繁殖を商売とするブリーダーは、遺伝子検査をなるべく広い範囲でやっておくべきなのです。

II-3: 下痢の問題....

購入することを牧場主に伝え、前金5万円を支払って、あとは法令で決められた56日を待って子犬を迎えにいくだけとなりました。

56日未満の子犬の商取引が禁止されるという新しい条文が動物愛護法に加わることになったのが、コロナウイルス 蔓延直後の2019年6月のことです。そしてこの法律が実施されたのが昨年2021年6月でした。ですから、私たちの新しい子犬は、この新しい法律のために、購入を決めてしばらく経ってから引き渡されることになったのです。

その間、頻繁に牧場に見学にいき、自分たちの子犬と戯れる時間を持たせてもらうことになりました。子犬を飼うときは、その性格や特徴を知ってから購入するのがベストであると言われていますので、この見学は大変有用なものとなりました。

ところが、そんな見学の日に、お母さん犬が私たちの目の前で下痢をしたのです。「ゆるい便」といった感じで、形こそはあるものの、形状を維持したまま手で掴みとるのは難しいような水分の多い柔らかさでした。

私たちの先代の犬は、最後、病院の誤判断により、組み合わせが禁止されている複数の薬を服用した結果、ひどい腸炎を発症してしまいました。下血が止まらず、脱水と栄養不足の苦しみを経て日に日に衰弱していきました。癌と戦う基礎体力をこれで削がれてしまったのです。

ですから、3歳程度の若い母犬が、こんなにひどい下痢を目の前でするのをみて、嫌な予感がしたのです。私たちの先代の犬は、死ぬ直前まで、こんなにゆるい便をしたことはありませんでした。元気に見えるこの母犬は、もしかすると寄生虫などに感染しているのではないかと疑ったのです。牧場主に問い合わせると、「母犬は産後で免疫が落ちるとだいたい便がゆるくなるものだ」と答えました。そのときは、そうかもね、と納得して帰宅しました。

しかし、家に戻っていろいろ調べると、「産後に下痢」ということを説明しているものは見つかりません。その一方で、細菌やら原虫やら回虫などに感染すると下痢になる、と書いてある文書がたくさん検索にヒットします。そこで、電話で再び牧場主に問い合わせることにしました。すると、「獣医に健康診断を任せているので直接聞いてみたらどうか?」とアドバイスされました。

さっそく紹介された獣医さんに問い合わせてみると、「あの犬は以前、運動性細菌に感染したから治療したことがあるよ」と説明してくれました。これはまずい兆候です。母犬が感染していると、母子感染がだいたい起きてしまうからです。牧場主に子犬の便の状態を聞いてみると、「ちょっと前にゆるかったことがある」と白状しました。ただ、「数日前に(この獣医から)薬を処方してもらい徐々に硬い便になりつつある」とも言いました。どうやら、なんらかの感染があったことに気づいていながら、それを黙っていたようなのです。

獣医の説明によると、牧場には色々な動物が一緒に住んでいるので、長年営業しているとどうしても何らかの病気が入り込み、感染が常態的に蔓延してしまう傾向がある、とのことでした。つまり、この牧場の犬たちはほとんど全員が、生まれつき母子感染を通じて、なんらかの感染症に感染しており、「ゆるい便」(つまりは下痢)をしているのが常態的になっていたものと推測されます。それがあまりにも日常的になってしまい、牧場主はあまり気にしなくなってしまったのでしょう。

こうして「犬の便はゆるい時もあるのが普通」という感じになってしまったと思われます。もちろん、下痢の子犬を売り渡すのは一般的には好ましくないことですから、売り渡す直前に(習慣的に)獣医から薬を受け取って子犬に服用させ、56日目に硬い便が出るように「調整していた」のでしょう。薬をやめるとまた感染症がぶり返してくることもあります。しかし「あとは飼い主の責任」ということで、下痢の治療を新しい飼い主に押し付け、売り手は利益を確保するのです。もちろん、この牧場主は根はいい人であることはわかっていますが、感染症を根絶させるのは商売上割りに合わないわけですから、このようなやり方を選ばざるを得なかったのでしょう。こうした事情は理解できますが、自分の子犬が最初から胃腸に感染症あるいは寄生虫がいる状態からスタートするということになると、「ちょっと待ってくだいさいよ!」ということになりますね。

このやりとりを経たあと、牧場主は子犬の検便を獣医に行ってもらったそうです。その結果、ジアルジア 」という原虫に感染していることが判明しました。腸に寄生し、下痢を引き起こす微生物で、その根治はなかなか大変だということが知られています。

こうして、私たちの「子犬」は、56日経過を待たずに、牧場主の判断で「取引中止」ということになってしまいました。予約金は全額払い戻されましたが、可愛い子犬が我が家にやってこないという辛い結末を迎えることになったのです。

この子犬は、私たちとの取引が中止になった直後に、かなり遠方に住んでいると思われる、別の方に売られていきました。おそらく見学をしないで子犬だけを引き取りに来たのでしょう。下痢だとしても「ちょっとゆるいぐらいがちょうどいい」などと、プロのブリーダーから説明されたら、素人の私たちは納得してしまうことが多いと思います。

子犬は引き取り手が見つかって幸せになったかもしれませんから、これが悪いとはいいません。ただ、牧場主が以前私たちに「あなたの先代の犬は10年以上も生きたのだから長生きで、幸せですよ!私の牧場の犬たちは、だいたい8年くらいで死んでしまうのが多いです」と語っていたのを思い出しました。腸に寄生した原虫は子犬の頃は大暴れして栄養失調などを引き起こします(たしかに、牧場の母犬は普通の犬よりも小柄でした)。しかし犬が成長すると犬の免疫が強まり、しばらくは寄生虫の活動が下火となって「共存」のモードにはいります。しかし、老衰して免疫が落ちてくると、再び下痢や胃腸炎を引き起こすようになり、老衰を加速させて寿命を短くする傾向があるようです。

こうして、私たちの子犬探しは振り出しに戻ってしまいました。

II-4: さようならBuck

私たちはこの子犬に名前をつけていました。Buckと言います(オスでした)。Buckは我が家に来ることはありませんでした。今思うと、(もしかすると)テンプルちゃんより可愛かったかも、と思います。さようなら、Buck!

 

テンプルちゃんまでの長い道のり(1):遺伝病

I. 2代目の犬を求めて子犬探し

先代の犬が死んで、我が家は深い悲しみに包まれました。新しい犬を迎えて、犬と一緒の幸せな日々を取り戻したいという希望と、同じ犬はいないのだから、もう2度とあの日々は帰ってこないだろうという諦めとが複雑に混じり合った状態がしばらく続きましたが、繰り返される迷いと希望の果てに、もう一度子犬を育ててみることを決意しました。しかし、この決断が、あれほどの苦しみを我が家にもたらすとは想像もしていませんでした。健康な子犬を探し出すというのがこんなに大変だったとは知りませんでした。

先代の犬が奇跡のように思えたほどでした(何も考えずに気軽に地元の仲介業者から購入したにも関わらず、健康で長生きしてくれた上に、おちゃらけで人を笑顔でいっぱいにするかと思えば、病気の苦しみに黙って耐える辛抱強い性格を持ち、頭が良くて、私たちのことを思いやる優しい心を持った素晴らしいボーダーコリー だったのです)。

まずは、先代の犬と同様に地元で探すことにしました。しかし、前回犬探しをしたのは10年以上も前のことです。つまり、「イエローページ」(電話帳)をめくってブリーダーを探し、電話をかけて問い合わせ.....、などといった方法で犬探しを行なったのですが、今やネットで検索するのが当然の時代となり、まったく要領が異なる方法での犬探しとなりました。利用したのは、「みんなのブリーダー」というのと、「ブリーダーナビ」という子犬斡旋のサービスです。そこで、「ボーダーコリー 」とキーワードを打ち込んで、検索するとたくさんの候補が出てきます。その中から地元周辺のブリーダーを探すわけです。

コロナウイルス が蔓延し、子犬を飼い始める人が激増した、というニュースは知っていましたが、これほどまでに子犬の奪い合いになっているとは思いませんでした。ぼうっとしているとあっという間に、可愛い子犬から売れてしまいます。地元での購入を諦め、少し遠目の場所も候補に入れることにしました。そこで見つかったのが、牧場が売りに出していた子犬でした。

II. 牧場の子犬(ボーダコリー の遺伝病)

山あいにあるこの牧場では様々な動物が飼育されていて、ボーダーコリー やプードルなども飼われていました。新たに生まれた子犬たちは、牧場で飼う分を確保した後、残りが一般に販売されていました。お父さん犬もお母さん犬も一緒に暮らしているので、成長したらどんな姿になるのかおおよその見当がつくということで、犬を購入する立場からはとても便利な牧場です。

何回か通って見学をさせてもらい、目当ての子犬以外にも、きょうだい犬、両親犬、さらには一緒に暮らしている別の系統のたくさんの犬など、様々な犬たちと触れ合いを持たせていただき、大変楽しい時間となりました。

先代の犬が癌で死んだので、遺伝的な疾患というものに私たちはこの頃敏感になっておりました。特にボーダーコリー は、人間が牧羊という用途のために、いわば強引に血統をいじって「作り上げた犬」であるため多くの遺伝病を抱えていることが知られています。遺伝子検査をして、CL病などのよく知られた遺伝病の因子をもっていないかどうか確かめながらブリーディングを行なう必要があります。しかしながら、日本の業者は洋犬を飼い始めてからの歴史がまだ浅く、すべてのブリーダーが遺伝病についてよく知っているとは限らないため、利益優先で繁殖を行なって不幸な結果になってしまう事例が21世紀に入ったばかりの頃も頻発していたようです。

そこで、この牧場主に遺伝子検査のことを問い合わせてみることにしました。実は、ブリダーに遺伝子検査のことを訪ねるのは意外に勇気がいります。というのは、遺伝子検査のことをよく知らず、遺伝病についての理解が浅い人もまだかなり多くいて、しつこく聞くとそれだけで破談になることが結構あるからです。私たちも、この牧場に至るまでに、「みんなのブリーダー」で見つけた東北地方と北関東地方の2件の犬舎と関係がギクシャクし、かわいい子犬だったにも関わらず販売してもらえないことがありました。それは予想以上に感情的な対応だったため、私たちは狼狽いたしました。

そんな嫌な経験がありましたので、牧場に電話で問い合わせをしたときに、「うちは3種類の検査をやってまして問題ないという結果がわかってます。もし追加の検査が必要ならば、検体をお渡ししますので、そちらの選んだ検査会社で存分に検査していただいて構いませんよ」と答えていただいたとき、この牧場主の心の広さに心底感動しました。

II-1 ボーダーコリーの遺伝病:CL病など

ボーダーコリー の遺伝病として、特に有名なものにCL病があります。CL病に関しては、日本で最初に発症した「五右衛門」くんのHPがとても役に立ちます。CL病は脳が萎縮する遺伝病で、以前英国の牛で発症して大問題となったBSE(いわゆる狂牛病)や、人間のアルツハイマー病に似た感じの脳神経系統の病気です。したがって、五右衛門くんの病状記録を読むとわかるように、脳症状に関連する悲劇的な苦しみの果てに短命でボーダーコリー の「人生」が閉ざされることになります。私たちの先代の犬も脳周辺の癌でしたので、同じような悲しみを(つい最近)味わいました。そのため、CL病について迂闊な理解しかしていないブリーダーには警戒感をもっていたのです。

五右衛門くんがわずか2歳で亡くなったのは平成14年(2002年)です。21世紀が始まって間も無くの頃の状況として想像されるのは、CL病が日本中の犬舎に蔓延していたのかもしれない、ということです。この病気を確定診断するためには脳細胞の病理検査が必要です。つまり死亡後に犬の脳を解剖して調べるということですね....。これは個人的にも強い躊躇いがありますし、獣医にとってもお金にならず面倒なことですから避けてしまうでしょう。このような理由で、多くのCL病が五右衛門ちゃんが死ぬまで見逃されていたと思われます。しかし、五右衛門ちゃんの飼い主の熱意によって、日本のボーダコリー におけるCL病の存在がついに証明されたのです。

海外から気軽に犬を輸入し、利益優先で無計画に繁殖を繰り返すと、この病気をもつボーダーコリーがたくさん出てきてしまう可能性が高まります。というのは、CL病は「潜性遺伝」だからです(以前は「劣性」という用語を使っていましたが、病気の優劣を表すわけではないので、用語が変更されました)。潜性遺伝というのは、原因となる遺伝子を両親から一つずつ受け継いだときに初めて発症し、片親から受け継いだだけならば発症しません(片親からだけの場合をキャリアと言います)。ちなみに、片親から受け継いだだけでも発生する遺伝形質もあります。これは「顕性遺伝」(かつて「優勢遺伝」と呼ばれたもの)と言います。

遺伝学に疎いブリーダーは、父犬も母犬もCL病にかかっていないのだから、その子犬たちもCL病にかからない、と考えている場合があります。そしてそのような交配をしても「うちの子犬たちは実際にCL病が出てないんだから大丈夫」といいますが、こういう主張をするブリーダーは犬を繁殖させた経験が浅い場合が多いです。というのは、母犬も父犬もキャリアの場合、子犬がCL病を発症する割合は1/4、つまり25%に過ぎないので、繁殖の初期ならば、偶然病気が発症しない組み合わせになっている可能性があるからです。そんな彼らも、同じ組み合わせで交配を続けていくと、いずれはCL病の子犬が誕生してくるはずで、10年も20年も犬舎を運営している人ならば、「(遺伝子検査をしていなくても)これまで出てないから大丈夫」とは決して言わないでしょう。

両親がキャリアの場合に子犬がCL病を発症する(アフェクテッド)確率の計算は次のようになります。まず、CL病の遺伝子要素をX,Yとし、Xがyes(発病), Yがno(非発病)とします。CL病の遺伝子は2つの要素のペアになっているので、一匹の犬がもつCL病遺伝子の組み合わせとしては、XX, XY, YX, YYの4種類になります。最初の文字が父犬から受け継いだ要素、2つ目の文字が母犬から受け継いだ要素という意味に捉えることにします。

潜性遺伝の場合、「キャリア」というのは、XYとYXのことです。XXを「アフェクテッド」といいます。CL病が発症するのはXXのケースのみとなります。一方、YYを「クリア」あるいは「ノーマル」といい、ブリーディングの観点からは、CL病発病の可能性をまったく持たない「めざすべき血統」ということになります。本来、ブリーダーはクリアの親同士で繁殖を試みるべきですが、営利目的の繁殖の場合、全ての遺伝病でクリアをもつ成犬をを手に入れるのは非常に高価になる傾向があるので、なかなか守ってくれないことが多いようです。

一方で、顕性遺伝の場合(かつては優性遺伝と呼ばれた)、XYとYXも病気を発症してしまいますので、キャリアという概念はなくなります。ただ、オーストラリアのボーダーコリー 犬舎「エメラルドパークボーダーコリー 」によると、顕性遺伝の病気はボーダーコリー にはないそうです。しかし、ボーダーコリー には、生まれつき耳が聞こえない(deaf)という問題を引き起こす可能性をもつPiebald遺伝子というのがあります。これは顕性遺伝です。とはいえ、この遺伝子があるから必ずdeafになるというわけではありません。もともとPiebaldという遺伝子は、ボーダーコリー の特徴である白黒の毛並みもコントロールする遺伝子なので、ある程度ゆるく管理されているようです。Piebald遺伝子を持つと、白い毛の面積が(黒い毛に比べて)広くなります。(なぜ白い毛が聴力と関係するかは、別の機会に書きたいと思います。)

さて、両親がキャリアの場合、父犬(XY)と母犬(XY)の交配となるので、子犬はXX, XY, YX, YYの4種類の可能性があります。したがって、発症するのは1/4ということになるのです。キャリアである父犬や母犬は発症しませんので、元気いっぱいに暮らしていることでしょう。しかし、その子犬たちが同じような「人生」を送ることができるかどうかは保障されないのです。4匹に1匹の割合でCL病に侵されてしまうのです。

しかし、確率というのは当たり外れが規則正しく順番にくる訳ではありません。例えば、ブリーダーを始めてから最初の2年くらいは、運良くXX(アフェクテッド)の子犬が1匹も生まれない可能性だってあるでしょう。浅い経験に基づく「大丈夫」という判断をするブリーダーはこのタイプと思われます。しかし、そんな彼らも10年ちかく同じようなことを繰り返し、例えば1000頭の子犬が10年間で産まれたとするならば、その1/4である250匹程度にCL病発症の子犬が出てくるはずなのです(最初の2年で産まれた200頭に病気が全く出ないとしても、8年目になって800頭近くの子犬を扱ってくるとそこで一気にまとまって発症例が続発するかもしれません)。数学的には、これを「大数の法則」といいます。回数が増えれば増えるほど、確率的な事象のゆらぎ(ブレ)が小さくなって、確率論どおりの結果になっていくという法則です。

優秀な犬舎というのは、大枚をはたいてクリアの両親を、例えばオーストラリアから輸入し、ブリーディングを行うので、決して遺伝病は発症しません。父(YY)、母(YY)ですから、子犬も(YY)以外になりようがないからです。

ところが、優秀な犬舎でも、遺伝病のことをよく理解していないと、よくない状況の火種となることがあるでしょう。例えば8年目に輸入した母犬が不慮の事故で死に、2代目の母犬を安く日本国内から調達することになったとしましょう。遺伝子検査をしていないと、この2代目がキャリアである可能性が否定できなくなります。そうすると、父(YY)、母(XY)の交配ということになり、子犬は(YX), (YY)の2種類となります。キャリアとノーマルの組み合わせとなる、この段階では遺伝病の子犬はまだ発生しませんから、一応「優秀な犬舎」と言われ続けます。

ところが、この犬舎から子犬を2頭調達し、新たに子犬販売の商売を迂闊に始めた(遺伝病に疎い)業者や個人がいたとすると、日本の子犬市場の中にいずれはCL病が入り込んでしまうことになります。

このように、遺伝子検査をないがしろにしていくと、最初はことなきをえるので良さそうに見えるのですが、時が経過するにつれ問題が広がっていってしまうのです。

 

自己紹介

白黒の子犬、テンプルちゃんの日記です。ボーダーコリーのオスです。

テンプルちゃんです(5.8kg)

令和4年5月に生まれましたので、本日の段階で「4ヶ月」才ということになります。京都出身で、先月(7月)東京にやってきました。このとき5.8kg(大きめ)。

数日前にワクチンの3回目が終わりましたが、獣医によると、まだ抗体価が上がってないそうで今月末までは外には出るなといわれてます。かなりのハイパー気質、ヨタ小僧なので、狭い家の中での生活に飽き飽きしては大暴れしております。

こんな状態で果たしてお利口な優良ボーダーコリー に成長できるものなのでしょうか?大変不安です....。