テンプルちゃんまでの長い道のり(4) ジアルジア原虫の寄生

ジアルジアに感染した子犬

以前の記事にも書いたように、子犬がジアルジアに感染すると「下痢」の症状が出ます。下痢をすると栄養が摂取できず、生育が不完全になってしまい寿命が短くなってしまう可能性が出てきます。購入寸前まで話が進んだ牧場の牧場主が「うちのボーダーコリーの寿命はだいたい8年くらい」といっていたのは、きっとこのケースでしょう。というのは、ボーダーコリーの寿命は大体12歳くらいという結果が知られているからです。ジアルジアの駆除は難しいと言われ、下痢の期間が長引くと、子犬の健康に深刻な影響が発生します。

近所にテンプルちゃんと同歳のボーダーコリーの子犬がいるのですが、「下痢の症状がある」という話を以前より聞いていました。同じ月に生まれたにもかかわらず、テンプルちゃんの半分くらいの大きさです。ジアルジアに感染した子犬を買わされたのではないか、と疑っています(ちなみにテンプルちゃんはジアルジアに感染してないことが複数の検査でわかっています)。

子犬がジアルジア感染する経路は母犬の糞、あるいは野生動物の糞便による飼育環境の汚染です。特に放し飼い状態の環境では、狸や狐といった野生動物が犬の飼育場に侵入し、そこでばらまいた糞尿を犬が舐めたりすることからの直接感染、あるいは(ジアルジア原虫を含んでいる)野生動物の糞尿が環境を汚染し、その泥や水たまりの水を犬が舐めたり飲んだり、といった間接的な感染経路があります。また、ジアルジア自体が水分の存在する土壌であれば地球の至る所で存在できるようなので、砂漠などの高温乾燥地帯以外の場所で放し飼いにすると、その犬はただただ感染してしまうリスクを負うことになるようです。

ジアルジア原虫は乾燥した環境を嫌います(これは原虫に対して一般的に当てはまることのようです。)。しかし逆に言えば、水気のあるところにはウヨウヨといる可能性があります。沼地や川などで子犬を散歩させたり遊ばせたりするときは、泥や水を口にしないように気をつける必要があります。

ただし、成犬になると免疫が強くなり、少しくらい泥や水を口にしても自分の力で駆逐できるようになるという意見があります。この説を信じる専門家は、免疫が弱い成犬は駆逐はできないものの、下痢などを発症させない程度に抑え込むことはできると考えているようです。ただ、犬の体に潜んだジアルジアは、犬が歳をとって免疫が弱ってきた段階で(子犬のように)下痢を引き起こし、犬の衰弱が加速してしまうこともあるようです。

原虫ってなに?

「原虫」ってなんでしょうか?獣医さんたちは顕微鏡をつかって犬の下痢を観察し、ジアルジアを探そうとします。私のような素人でも「微生物の一種だろうな」ぐらいの想像はつきますが、専門的にはどういう定義になっているのか調べてみました。

医学関係のHP日本赤十字社)では、「原虫とは原生生物のうち寄生性で病原となるものを指す」とあります。一方、帯広畜産大学のHPでは「同じもの」として紹介されています。

「原生生物」というのは、かなり原始的な生命体の形のものらしいです。細胞一つからなる生命体ですが、植物とも、動物とも、菌類とも言えない、とにかく「生命としてはかなり初歩レベルのもの」のようです。とはいえ、植物っぽいもの(藻類)から、動物っぽいもの(アメーバやゾウリムシ)など多様性があるようです。面白いのは、中間系というべきもの、例えばミドリムシ(動物っぽいのに、光合成をする)などもいて、生命が様々な種に分化していく前、あるいは分岐点のど真ん中にいる生命体のようです。

ジアルジアは腸管に寄生しますが、腸の中というのは酸素に乏しい環境です。地球大気にたくさん含まれるの酸素(大気成分のおよそ20%)は、35億年前に誕生した光合成植物によって作られたものと言われています。最近の研究によると、生命自体の誕生は40億年前あたりだそうです。となると、ジアルジア(あるいはその直系の祖先)がこの世に現れたのは、生命が誕生して間も無くの、酸素が地球にあまりなかった時代だと思われます。ジアルジアにしてみれば、酸素という「毒素」が地球に広がってしまったせいで、仕方なく他の生命体の内臓の中に逃げ場を見つけて逃げ込んだ、のかもしれません。

「一流」ブリーダーが陥った失敗

テンプルちゃんにたどり着くずいぶん前に、あるブリーダーのHPを見つけました。品評会などで優秀賞をたくさん受賞している有名なボーダーコリー専門のブリーダーでした。長年の評判はとてもよく、子犬を買った人たちは、このブリーダーを「親」のように慕い、定期的に集会を開いては親交を深めているようでした。ブリーダーの自宅は、まるで森の中の一軒家のようで、豊かな自然に囲まれていました。その広大な敷地は柵に囲まれて、その中をボーダーコリーたちは自由に走り回って暮らしていました。理想的な環境だと思い、尊敬の念を深めました。

私たちも是非この方からボーダーコリーを譲り受けたいと考え、連絡を取ってみました。「長い待ちリストの最後になるがよいか」と言われましたが、覚悟して「大丈夫です」と答えると、犬に関するいろいろな悩みや相談を親切に聞いてくれました。信頼感が大きくなりました。

何ヶ月も音沙汰がありませんでしたが、ある日突然、このブリーダーから電話がかかってきました。キャンセルが立て続けに出て、運良く私たちに順番が回ってきたのでした。喜び勇んで、牧場のようなブリーダーの自宅に向かい、北欧の邸宅のようなお屋敷にお邪魔すると、子犬とその親犬二匹が楽しそうに、跳ね回っていました。2時間ほど雑談して、いよいよ子犬をもらって帰る時間になりました。お金を払って、また遊びに来ますと伝えて、私たちは帰りました。

可愛いボーダーコリーとの生活がまた始まるのだと思うと、気持ちが高揚しました。サークルに子犬を入れ消灯し、期待に胸を膨らませて眠りにつきました。

翌朝、最初のウンチが下痢でした....。ひどい下痢、といってよいと思います。まさか、とは思いましたが、あれだけ素晴らしいブリーダーなのだから大丈夫に違いない、自分に言い聞かせました。とはいえ、一応、獣医の先生にジアルジアの検査だけやってもらうことにしました。

今回の検査は抗原検査キット「スナップジアルジア」を使ったもので、これまでの顕微鏡による目視確認よりも精度や特異度がはるかに高く、しかもPCR検査に比べれば安価に、かつ早く結果がわかります(大体15分くらい)。

家で採取した下痢便を先生に渡し、しばらく待っていると結果が出たという連絡がありました。恐る恐る診察室に入ると、「陽性でした。ジアルジアに感染しています」というショッキングな結果を伝えられました。先生は「まずは手持ちのスタックがあるドロンタールによる治療を始めるが、もし効果がなければアメリカからもう少し強い薬を輸入する必要がある」といわれました。ただ、「コロナウイルスの関係で流通が悪くなり、輸入しにくい状態にある」と言われ、不安になりました。

生後二ヶ月の子犬がすでにジアルジアに感染しているとなれば、母子感染以外にはありません。そして、母犬がどうしてジアルジアに感染してしまったかというと、獣医の先生曰く「放し飼いにしている環境が原因だな。猫とか狸とかが敷地に入り込んでいるのではないか?その糞かなにかで汚染した泥を舐めたり、水たまりに入ったりして遊んでいると、感染してしまうはずだ」とのこと。ブリーダーを訪ねた時、「狸とか狐が敷地で遊んでいることがあるよ」と言っていたのを思い出しました。

とはいえ、ジアルジアというのは、特に野生動物だけに感染しているわけではなく、水分のある土壌には日本全国どこにでも住み着いているような、「身近な原虫」です。放し飼いの環境ならば、感染のリスクは高くなってしまうのは当然でしょう。

ただ、成犬の場合には、不顕性感染、つまりいわゆる無症状感染のような状態になることも多いので、飼い主が気づかぬうちに群れの中に(糞尿を通じて)感染が広まってしまうこともあるでしょう。

いずれにせよ、我が家にやってきたボーダーコリーの子犬はジアルジアに感染した子犬だったのでした。このことをブリーダーに伝えると、いつものように「返却してほしい」ということになりました。自分自身が信頼する獣医で再検査する、ということでしたが、スナップジアルジアの感度は90%ですし、特異度は96%もあります。誤判定が出るということはまずないと思われます。おそらく、このブリーダーはスナップジアルジアのことを知らないと思われます。また、「あなたの獣医が処方した薬も飲ませないでほしい」と言っていたので、ジアルジア感染自体を信じていないようでした。

真夜中の高速を何時間も走って子犬を返却しにいったときの、落胆といったらありませんでした。今でも暗闇を照らすライトの丸い形が、夜に吸い込まれていく様子をよく覚えています。なんとも言えないどんよりした気分のまま、無感情で機械的にハンドルを握っていただけでした。

他のブリーダーも嫌う「ジアルジア検査」

テンプルちゃんは、この出来事の一月後に我が家にやってきましたが、それまでの間にいろいろなブリーダーに連絡を取りました。その時、「スナップジアルジア検査をやっていただけますか?」と聞くと、ブリーダーたちは途端に態度が硬くなり、商談が立ち消えになることが多かったと思います。おそらく、売ろうとしている子犬がすでに下痢をしているのでしょう。検査をすれば、すぐに感染がわかってしまいますから、検査を嫌がるのだと思いました。

快くスナップジアルジア検査を受けて入れてくれたブリーダーが一件だけありました。しかし、実際に検査をやってみると「陽性となりました...」とだいぶショックを受けたような声音で電話がかかってきました。お父さんの代から続くブリーダーの家系だそうですが、最近跡を継いだばかりだといいます。おそらくスナップジアルジアをやったのは今回が初めてだったのでしょう。しかし、この方はキチンと事実を受け入れて、「駆虫してから再度連絡します」といってくれました。しかし、駆虫には2,3ヶ月かかってしまい、結局私たちはその前にテンプルちゃんと出会うのです。

テンプルちゃんのブリーダーも「いいですよ、スナップジアルジア検査やっておきますよ」と気持ちよく引き受けてくれました。ただこの方は以前ジアルジア感染で犬舎全体が大変なことになった経験を持っていた方でしたから、そこから苦労して脱却したが故の「いまは絶対に感染していない」という強い自信があったのだと思います。

そして予想通り、検査結果は「陰性」だったのです。他の遺伝子検査の結果も見せていただき、CEA(コリーアイ)がキャリアでしたが(つまりテンプルちゃんは発症しないが、子孫を残すときは注意が必要というタイプ)、その他の遺伝病はすべてノーマル(テンプルちゃんも発症しないし、子孫を残す場合にもその病気は絶対に発症しない状態)でした。

最近多頭飼いに興味が出てきて、二匹目の犬を探したりもしていますが、依然としてジアルジア検査を嫌がるブリーダーは8割以上かな(もしかすると9割かも)という印象をもっています。ゴールデンレトリーバー、ラブラドール、オーストラリアンシェパード、そしてボーダーコリーといった中型、大型犬を扱う全国津々浦々のブリーダーに検査を依頼したのですが、ことごとく拒否されました。犬を飼い始めようと思っている方にお伝えしたいのは、「大型犬は多少便が緩くて当然」というブリーダーの言葉に騙されないように気をつけてもらいたい、ということです。心よりそう思います。飼い主と犬の幸せのためには、検査を快く受けてくれるブリーダーを粘り強く探すことがとても大事だと思うのです。