テンプルちゃんまでの長い道のり(3):回虫の問題

遺伝子検査を嫌がるブリーダーたち

牧場の子犬の一件のあとも、子犬を迎えたいという気持ちはかわりなく、ネットを使って探し続けることになりました。ところが、可愛い子犬だと思っても、なかなか商談がまとまりませんでした。その最大の理由が遺伝子検査を嫌がるブリーダーが多いことでした。

遺伝子検査のことを問い合わせると、「その件に関してしつこく聞いてくるお方とはやりとりできません」とか、「私たちは豊富な経験に基づいて飼育してきているのに、そんなことを今更聞いてくるなんて、プロとしてのプライドに傷をつけられた感じがします。もう連絡してこないでください」とか、いろいろな言い訳を言って、遺伝子についての情報提供を拒むブリーダーばかりだったのです。こういう対応は結局、遺伝子に問題があることを認めているようなものです。

とはいえ、なにも気にせずにこのようなブリーダーから子犬を購入しても(確率の問題で)8-9割程度の割合で問題のない子犬がやってくるのでしょうから、「貧乏くじ」を引いてしまった方が悪い、と言われてしまうと「少数派」には勝ち目がないわけです。そういう気の毒な事例が五右衛門ちゃんのようケースなのだと思われます。

ただ、「少数派」のケースを放っておけば、いずれは問題のある子犬の数が多くなってしまい、質の低いブリーダーたちは自分たちの首を絞めることになるはずです(もしかすると、その時までに稼ぐだけ稼いで、問題が起きたら商売替えしてサヨウナラ、とか思っているのでしょうか?だとすると酷い話です)。

たくさんの問い合わせをしてわかったのは、CL病の遺伝子に関しては、さすがにどのブリーダーも気にするようになっていて(素人まがいの悪質ブリーダーを除く)、母犬に対して検査を行うブリーダーが増えているということでした。これは、五右衛門ちゃんのことがあってのことに違いありません(ありがとう、五右衛門ちゃん!)。

もう一つわかったのは、犬の中でも、ボーダーコリー はとりわけ多くの遺伝病を抱えている犬種であり、その遺伝子全てにおいて「クリア」を得るのはなかなか困難であるということ、また検査項目が多くて検査代がかさむ上に、購入希望者がそれほど多いわけではないので(ブリーダーにしてみれば)割りに合わない、という事情です。

コーギーとかトイプードルとか、自然の動物の形から大きく逸脱し、人間の都合で「つくられた」犬種であるほど遺伝病は多いようです。また、NHKが指摘していたのは、テレビや映画などで急に人気が出た犬種を慌てて大量に繁殖する段階で、「雑な交配」が大規模に発生し、市場にまずい遺伝子が大量に混じることがある、ということです。

www.nhk.or.jp(今調べてみるとそうでもないのですが)「レトリーバーならひどい遺伝病が少ないらしい」ということを聞きつけた私たちは、問い合わせるたびにうんざりする対応ばかりだったボーダーコリー を諦め、ゴールデンレトリーバーに犬種を変更して子犬探しをすることになりました。

ゴールデンレトリーバーの子犬

ゴールデンレトリーバーとはひと月ほど一緒に暮らしたことがあります。アメリカに住んでいた私たちの友人が飼っていたのですが、犬も一緒にアメリカ中をキャンプしながら車に乗って旅行したときの経験です。

人間と同じ程度の巨体を持ちながら「子犬だよ」と言われた時のショックは今でも忘れません。また、川やら湖に飛び込んで楽しそうに泳ぎまくっているのも衝撃でした。一度、アメリカ合衆国議事堂の近くにある公園(Constitution Gardens)にある、あの四角い池に飛び込んで楽しそうに泳いでしまったことがあります。まだアメリカの治安が良い頃のことで、いまなら取り押さえられて逮捕されてしまうかもしれません。人懐こい、従順で優しい子犬で、一緒に旅行したのは良い思い出です。ネバダの砂漠で脱水症状が人間にも犬にも出た時は、全員命がけで車を飛ばして100マイル先のカジノを目指したり(地平線の彼方にラスベガスのネオンが見えた時は歓喜でした)、サンタモニカの手前でガス欠になって車が止まってしまったときは、トボトボとみんなで歩道を歩いて二キロ先のガソリンスタンドまで補給用の燃料を買いに行ったりしました(描写にちょっと脚色が入っているかもしれませんが....)。

住宅事情を反映してか、レトリーバーやラブラドルは東京の都心や都心に近い場所でもあまり人気がありませんが、多摩地域やその向こう側では人気のある犬種で、検索するとボーダーコリー よりもたくさんの候補がヒットしてきました。知り合いが以前購入したことがあるという話を聞いて、その中に含まれていた山梨県のブリーダーに連絡を取ってみることにしました。

こちらの要望としては、とにかく寄生虫感染症に冒されておらず、下痢のない、健康な子犬ということです。これを伝えると、ゴールデンレトリーバーの兄弟犬を紹介してくれました。動画を見てすぐに気に入った私たちは、さっそく甲府盆地を訪れることにしました。

ブリーダーの自宅は、葡萄畑が続く丘の向こうの山の斜面にありました。眺めの良い場所で、天気の良い時は富士山がよく見えるそうです。しかし、犬舎の様子が動画とちょっと違っていることに気がつきました。予想以上に荒れた感じがしていたのです。家の手入れに手が回らない、という感じでした。案の定ブリーダーは老夫婦で、旦那さんは(以前から予定していた)手術が直前にあって数日ほど入院中とのことでした。もちろん普段は健康で元気な方達だと思いますが、だからといって自宅周辺の斜面を毎日10何頭ものレトリーバーたちを連れて散歩しているほどエネルギッシュなようには見えませんでした。話を聞くと、柵の中に閉じ込めた状態で、その中でほぼ放し飼いにしているとのことでした(餌も家畜の牛のように大皿に盛り上げた状態)。実は、このような飼い方をしている方は年配の方の場合、他にも多くいらっしゃるようです。そしてそれが寄生虫の問題を引き起こす可能性を高めてしまうことを後で知りました。

子犬が育てられている小屋に入ると、鼻を刺すような強い臭いに満ちていて、衛生的にちょっとよくない感じに思えました。ただ、ブリーダーの方自体はとても優しい、よい方で、話が弾み、ついつい長居してしまいました。

いざ子犬を連れて引き上げようとした矢先、隣のケージの中にいた(兄弟の)子犬が大便をしました。見た感じ、どうみても「下痢」でしたので、牧場の時と同じことになりはしないかという「嫌な予感」がしたのですが、「レトリーバーは柔らかめの便をするのが普通なんですよ」とブリーダーの方がやさしく説明してくれたので、うっかり鵜呑みにしてしまいました。

こうして悪い予感は多少あったものの、念願のゴールデンレトリーバーの子犬を膝に抱えた喜びで、嫌なことは消え去ってしまい、わくわくしながら自宅まで連れ帰ったのです。帰り道「ななちゃん」という名前をつけました。かわいらしい、いたずら好きの女の子でした。

自宅で数日一緒に過ごしましたが、その立ち居振る舞いが可愛くて仕方ありません。これほど楽しい子犬との生活があるものなのか、と私たちは幸せ一杯でした。

しかし、「柔らかい便」は止まりません。もりもりっとした、水気を多く含んだ大量の大便を毎回するのです。そこで、獣医さんに連れて行って検便をしてもらうことにしました。前回の牧場の子犬で問題となったジアルジアの検査はPCRで行うことができる、と言われたので、少し値段が張りましたがお願いすることにしました。結果まで1週間ほどかかるのですが、その間に別の便を使っての検査(顕微鏡を使っての直接法や、抗原検査キットを利用した検査)もやってもらうことになりました。

まず、パルボウイルスについての抗原検査は陰性となりました(一安心)。最初の顕微鏡検査では、細菌などは見つからなかった、という報告を受けて、心の底からほっとしました。しかし、便が出てからしばらく経ってからの検体だったので、翌朝もう一度「フレッシュな便」をもってくるように言われ、再度検査を受けることになりました。

翌朝は気持ちの良い日で、朝一番に病院に検体を届け、どうせ大したことないだろう、とタカをくくって気楽に電話連絡を待っていました。お昼過ぎになって電話が鳴り、応答すると予想通り獣医の先生でした。先生は「回虫がたくさんいます。卵も2つに分裂したのがたくさん見つかりました。すぐに薬を取りに来てください!」と伝えてくれました。「ああやっぱり」とは思いましたが、正直なところ深く落胆しました。回虫といえば、白くて細くて長い、蛆虫というか、ミミズみたいな気持ち悪いやつです。自然に近い放し飼いのような環境に置かれていると、どうしても寄生虫は取りついてしまうのでしょう。

車を飛ばして獣医院に駆けつけると、直接先生が玄関まで出てきてくれました。そして、「実はあの後も粘って顕微鏡を観察しづけてみたら、コクシジウムという原虫も確認してしまいました...。薬の種類を追加します」と告げられました....。ショックは倍増です。

しかし、これで「柔らかめの便」の理由は明白となりました。やはり、「レトリーバーの便はゆるいもの」なワケがなかったのです。寄生虫に(しかも複数)感染していたのが原因だったのでした。

もらったのはドロンタールという回虫用の薬と、コクシジウム用の液体(抗生剤と説明を受けました)でした。ドロンタールは一回で回虫の成虫をやっつけてしまうということで、翌日の便に「もっさり回虫が出るかも」と説明を受け、鳥肌が立ちました。一方、コクシジウムは駆除が大変だ、ということでした。抗生剤を2週間、あるいは1ヶ月服用してみて、だめならさらに追加、あるいは薬を変える、といった説明を受けました。長い長い闘いが始まった、と思いました。

さようなら、ななちゃん

早速、ブリーダーにこの検便の結果を伝えました。子犬販売のネットサービスの規約で、購入直後に病気が判明した場合はブリーダーに速やかに情報を提供し、ブリーダーの指示に従う、という決まりがあったからです。「購入前に、私たちは寄生虫や感染のない健康な子犬をお願いしたはずですが」と伝えました。しかし、私たちは決してこの可愛い子犬を返還したいわけではなく、治療してなんとか健康にしてあげたい、と思っていました。

しかし、ブリーダーの反応は予想外のものでした。「今から引き取りに行きます」というのです。どうやら、ネット上の「口コミ」を気にしているようでした。問題が起きたらすぐに引き取って、ブリーダー自身が「治療」してから返還するという方法を取りたいようでした。その際、私たちの獣医が処方してくれた薬は全部捨ててくれ、というので、「これはもしかして、非合法な強い薬を使うのではないか」と急に心配になりました。この心配を口にすると、「あなた方とは価値観が違うようです。交渉が長引きそうなので、料金は全額返却しますから、すぐに子犬を返してください」と主張してきました。

もちろん、ブリーダーの方は優しい口調ですし、子犬のことを心配していることが伝わってきました。しかし、疑惑の薬を日常的に、しかも獣医のアドバイスなしに使用しているらしいことが次第にわかってきました(アメリカなどから直輸入しているらしいのです)。科学的なトレーニングを積まないまま、ブリーダー(加えて獣医の真似事)をしている「質の悪い」犬舎であることには変わりありません。とても悩みましたが、このブリーダーとこれ以上関わるのはよくないと判断し、断腸の思いで、かわいい「ななちゃん」を返却することにしました。ブリーダーはすぐに車を飛ばしてやってきて、ななちゃんを連れ帰ってしまいました。

1週間後、ジアルジアPCR検査の結果がわかりました。陰性でした。獣医さんに事の顛末を話すと、非常に驚いていました。なにより、先生が処方した薬を捨てろ、といったことに憤慨していました。効果の強い薬は副作用も強く、善玉の腸内細菌も殺してしまうので子犬にはよくないやり方だ、と語気を強めて説明してくれました。

こうして2ヶ月に2回も可愛い子犬を寄生虫に奪われてしまうことになり、自分のことながら驚きで一杯の気分でした。唖然という感じだったかもしれません。「ななちゃん、さようなら」と別れの言葉をかける心の余裕はありませんでしたので、後になってとても後悔しました。

また、ジアルジア への感染がないとわかったときにも後悔の念が湧き起こりました。回虫の方がジアルジア よりましじゃなかったか?獣医の先生のいうことを聞いていれば、完治できたのではないか?など、何度も同じことを考えました。しかし、強い薬で胃腸を痛めた子犬が長年にわたって健康であり続ける保証がないのも確かです。(私たちの)先代の犬よりも長生きしてほしい、という希望を叶えるためには、返還もやむを得なかったのだ、と(後悔するたびに)自分に言い聞かせました。