ボーダーコリーの2つの系統:ワーキング系とショー系

「2種類のボーダーコリー」?

「ボーダーコリーはボーダーコリーだから”1種類”に決まっている」という意見があるのはわかります。でも我が家にやってきた二匹目のボーダーコリー「テンプルちゃん」が、最初のボーダーコリー「DDちゃん」とあまりにも違っていたことから、その原因を調べていくうちに、「ボーダーコリーには”2種類ある”」という考えに到達したのです。それは、祖先の系統だったり、ブリーディングの方針の違いだったり、と様々な要因が重なった結果だと思います。

今回非常に参考になったのは、こちらのHPです。

pet-triangle.jp

上のwebsiteでは「ボーダーコリーの歴史は長くて短い」という表現で、私が考える「2種類の系統」という印象を説明しています。「短い」という意味は、家庭犬として独立した種類としての”ボーダーコリー”という概念が固まったのが、実はつい最近のことである、ということです。毛並みとか、形状とかによって種は分類されますが、ボーダーコリーの血統の開発に関しては、そういう「見栄え」はあまり重視されてこなかったということがあります。「歴史が長い」という意味は、牧場で羊を制御するための労働犬として、大昔から人間に利用されてきたという意味です。

つまり品評会で見栄えを競ったり、(雑種ではなく)独立した犬種らしさをどれだけ保有しているかという点において、ボーダーコリーの飼い主たちは長い間興味を持たなかったということです。彼らは、牧羊犬としての能力だけに興味があったので、性格や見栄えは(ある意味)どうでもよかったということなんでしょう。ボーダーコリーの見栄えを競うようになったのは20世紀後半以降らしく、品評会で優秀賞を狙う「ショー系」のボーダーコリーというものが現れました。

伝統的には、牧場でのすぐれた運動能力や羊を制御する高い知性を持ち合わせる血統を追い求める「ワーキング系」のボーダーコリーだけが求められてきましたから、見栄えで血統をつくる「ショー系」に対して牧場主たちは強く反対した時期もあったようです。今でも牧場で活躍するボーダーコリーはワーキング系の血統です(見栄えが良くても羊が追えなくては仕事になりませんね)。こうして、近年、ボーダーコリーのブリーディングの狙いが2つに分割したようなのです。

ボーダーコリーの「長い」歴史

ショー系としてのボーダーコリーではなく、ワーキング系としてのボーダーコリーの歴史を見てみたいと思います。どうしてボーダーコリーがあのような性質や能力をもつようになったのか合点が行く内容が、歴史には含まれています。

ボーダーコリーは、英国の北限「ボーダー地方」で開発された犬種と言われています。ボーダーというのは英語で「境界」という意味です。ここでいう境界とは、大雑把にいうとスコットランドイングランド間の「境」です。実際、この境界の上には「ヘイドリアンウォール」と呼ばれる万里の長城によくにた壁が作られました(現在は遺跡として残っています)。ただ、ヘイドリアンウォールを作ったのは古代ローマ人だったということですから、単純にスコットランドイングランドの国境というわけではないようです。いずれにせよ、ボーダーコリーが誕生したのはイングランドの北の方で、ボーダー地方と呼ばれるスコットランドとの境に近い場所だということです。

ボーダー地方は、概して、荒れた土地が広がり、気候も冷涼なことから、農耕よりも牧畜が発達したようです。そこで必要になったのが、優秀な牧羊犬でした。

現在「ボーダーコリー」として認められている犬種の祖先を辿ると、19世紀末のHemp(ヘンプ)という名前のボーダーコリーにつながるようです。

en.wikipedia.orgHempは「目力」の強いボーダーコリーとして有名です。それまでの牧羊犬は噛んだり、吠えたりなど物理的な手段で羊を制御しようとしていましたが、目力という精神的な圧力や威圧感によって羊を制御できた最初のボーダーコリーがHempだったということです。もちろん、運動能力も抜群だったそうです。多くの牧場主がHempの血統を取り込もうとした結果、現代のボーダーコリーの「祖」と言われるようになりました。

Hempが死んだ年にKep(ケップ)というボーダーコリーが生まれます。このボーダーコリーは「やさしさ」と「目力」という才能をもつ優秀な犬だったため、その遺伝子がたくさん残ることになりました。現在のボーダーコリーの血統にはKepの血筋もたくさん含まれているといいます。それまでのボーダーコリーの気性は荒く、強気のものが多かったといいますが、Kepのおかげで知性と性格の良さをボーダーコリーという犬種に入れ込むことができたようです。Kepは(イングランドから)オーストラリアに輸出されたので、オーストラリアやニュージランドから日本に輸入されたボーダーコリーの多くが、この気質を受け継いでいると思われます(私たちの先代犬のDDちゃんはこちらの系統だと思います)。

Kepの図:下のHP(borderwoodkennel.com)より転載

borderwoodkennel.com

最近の(日本の)ボーダーコリーの模様を見ると、顔の部分、特に目の間から鼻にかけて伸びる白い帯が目立ちますが、HempもKepも真っ黒い顔をしています。

顔の白い毛は、人間が犬の個体を識別するためにとても有用です。いわゆる「特徴」というものですね。この特徴はどうやらWinston Capという名前のボーダーコリーが持ち込んだ特徴のようです。この犬は「三毛」だったそうで、その珍しい遺伝子を多くのブリーダーが欲しがったようです。ただ、その結果、近い血統の組み合わせが多々発生し、ボーダーコリーに遺伝病が頻発する原因となってしまったとも言われます。

実は、テンプルちゃんの顔の白い帯状の毛の部分はかなり細く、黒犬の様相が強かったHempやKepにどちらかというと似ています。一方、DDちゃんは白い帯状の部分は太く明瞭で、Capに近い雰囲気でした。現代において、「家庭犬」としてボーダーコリーを求める人は、白い帯がはっきりしているタイプを好むので、ワーキング系よりもショー系のブリーディングで生まれたボーダーコリーを手に入れることになるでしょう。しかし、運動能力の点から、ワーキング系を混ぜるブリーダーもいます。もしかすると、売れ残った子犬の中には、黒が多いタイプがいて、その子の運動能力が高かったとすれば、牧羊犬として優秀だったHempやKepの血が強い子犬と言えるのかしれません。

ボーダーコリーを飼う理由

ボーダーコリーを飼う理由は人によって様々だとは思いますが、概ね2つに分類されるのではないでしょうか?

(1) 頭がいいから

(2) 運動神経がいいから

もちろん(1)+(2)という人もいるでしょうし、単純に白黒の毛皮が可愛いという人もいるでしょう(赤い毛並みやその他の色のボーダーコリーもいますが)。*1

頭がいいというのも、運動神経がいいというのも、もともとは「牧羊犬」として開発された犬種であることが大きな理由になっていると思います。(たとえば、下のyoutubeの動画はボーダーコリーのすごい運動能力と知性の高さを示してますね。)

youtube.com

HempやKepの遺伝子が残っているとはいえ、牧羊犬として優秀な犬だったことには変わりないので、大昔のボーダーコリーがもっていた「気が荒い」気質が残っている場合は多々存在するはずです。最近のショー系のブリーディングでは、見栄えを重要視しすぎるが故に、性格に関して「やさしさ」や「目力」を追求しない場合が増えているという話があります。そうすると、気性の荒いボーダーコリーが家庭にやってくることになり、飼育やしつけが難しくなる場合もあるそうです。

もしかすると、テンプルちゃんが噛み癖をもっているのも、昔の荒々しい性格をもった牧羊犬系/ワーキング系の血統が強く残っているせいかもしれません。しかし、KepやHempの血が残っているのも確実であるわけですから、うまくそちらの能力を引き出して、優しいけれども運動能力が高い「家庭犬」になる可能性を秘めていると信じて、日々頑張っております。

私はかつて英国の丘陵地帯に住んでいたことがあります。私の家の隣には牧場が広がり、そこには羊や牛と一緒にボーダコリー が暮らしていました。私は午後にFootpath(散歩用の公共の小径)を散歩する習慣がありまして、牧場の境の森や、丘に広がるトウモロコシ畑の脇をよく歩いていました。ある秋晴れの気持ちよい午後、陽の光が差し込む森のfootpathに一匹のボーダーコリーが立ち止まってこちらをじっと見ていました。私が前に進むと、彼女は距離をキープしたまま同調して先へ進みます(後で牧場主にこの話をしたら、彼のボーダーコリーはメスであることを教えてくれたのです)。その調子で歩き続けていくうちに、どうやらこの犬は私が森で迷わないように、私の自宅まで案内してくれているのではないかと思い始めました。夕日が地平線に沈み次第に暗くなり始めた頃に、私たち(ボーダーコリーと私)はようやく私の家の敷地の入り口までたどり着きましたが、そうすると、このボーダーコリーは満足そうに踵を返して自分の牧舎の方へ走り去っていったのでした。

それ以来、私が散歩するたびにこのボーダーコリーはどこからともなく現れて「道案内」をしてくれるようになりました。時には私を途中で放ったらかしてトウモロコシ畑の中に飛び込んでいなくなったと思ったら、三十分後にふとまた現れて家まで見送ってくれたりしました。きっと楽しい場所が他にあって、そこで遊んでから迎えにきてくれたのでしょう(加えて「この辺りはもう慣れただろう」ということだったのかも)。

とにかく、この頭の良さ、森の中を疾走するその運動能力の高さに、私は惚れ込んでしまいました。この経験がもとになり、ボーダーコリーを飼うことに決めたのでした。ただ、英国では色々な事情があって犬は飼えませんでしたので、帰国してから購入することにしました。それがオーストラリアから借りてきたボーダーコリーを母親に持つDDちゃんでした。

DDちゃんは、英国で出会ったあのボーダーコリーを彷彿させる知性をもっていました。ただ、運動能力や体格は残念ながら、あのボーダーコリーほどではありませんでした。

一方、一昨年DDちゃんが天国に旅立ってから半年後に飼い始めた(今の)テンプルちゃんは、「ショー系」の血統だと説明を受けて購入しましたが、成長するにつれて、その運動能力が驚異的であることに気づきました。知性も高いと思いますが、それが故にしつけがとても難しかったのです。先代のボーダーコリーDDちゃんの飼育歴が10年を超えていたとはいえ、DDちゃんがお利口で穏やかな性質だったおかげで、私たちは犬のしつけについて「素人」状態のままだったのでした。2代目のテンプルちゃんのしつけがうまくいかず、私たちはとても苦労しております。最初はそれをすべて「ショー系」といいながら、「ワーキング系」の血統が色濃く残った個体を売りつけた(と思い込んだ)ブリーダーのせいだと疑っていましたが、よくよく調べれば、今の日本はどちらもごちゃ混ぜになってしまって、どちらだからどうのこうの、ということにはなっていないようです。とにかく、私たちのしつけが間違っていた、それに尽きるようです.....。

*1:ちなみに、以前、小さな子供に「あっ、パンダ」と指さされたこともあり、この子は「この犬、かわいい」とつぶやいてました。